カナ達が看守と別れた辺りの頃のことだ。
一人牢に残っていたリョウはむすっとした……もしかしたらこれが地顔なのかもしれないけれど、そんな表情のまま相変わらず座っていた。
『別に元々好きでここに連れてこられたわけじゃない。……明日の刑だかなんだかの時にスキを見て抜けだせるさ』
そんな事を考える。
そう思う根拠は全くなかったが、逃げ切ることが出来るだろうという自信だけはあった。
だから、日が変わるのを待てば良い、ただそれだけ。
……それだけの、ことなのに。
ごろりと横になれば、冷たい床の感触が肌にしみ通る。一人で今まで旅をしてきて、食事にありつけないことも、そこらへんの路上で寝ることも沢山あった。だがそれを辛いと思ったことは無かった。
長い前髪が重力に従ってさらりと落ちる。自分の視界に入ってきたそれを避けようと、左手を眼前に持ってきた。
そこで目に入るのはぼろぼろになった手袋と、左手首に付けられた白い腕輪だった。
腕輪から連想されるのはあのカナの表情だ。出会ってから……そんなに経っているわけではないが、思い浮かぶ表情は笑顔ばかり。
『あっははははははははははははっ!』
『あー!こないだのトマト男っ!』
『ち、ちがうちがう!そーゆー意味じゃないからね!』
『そこまで否定しなくてもいいじゃない。なんかむかつくー』
それだけではない、喜怒哀楽に激しい年頃の少女らしい顔も浮かぶ。自分は既に忘れてしまった感情だ。
けれど、
『リョウ……』
現在真っ先に浮かぶのは、先程の悲しそうな表情だった。
「くそっ」
左手で髪を掻きむしり、右手を支えにして体を起こした。
カナ達を途中まで送っていたため看守はいなかった。人がすり抜けられるような窓は無いし、鍵だってかけてある。『密室』と呼べるこの場所ではどうしたって逃げる事は出来ないだろう、と看守は考えているのに違いない。
けれども、リョウにとってはこんな牢屋など簡単に抜け出す事が可能だった。
持ち前のスピード、感性。アイリが『人を見抜く』事に長けているように、リョウにも特定の能力に優れていたのだ。
「頼りたくはなかったんだけどな……」
呟いて、リョウは駆け出した。既に彼は牢屋の外に出ていた。