EACH COURAGE

Story - 2nd:An encounter and request [09]

第2章 出会いと依頼 [09]

「相変わらず、寂しい扱いね……」
 午前中の少し蒸し暑い朝。一面に広がる石の置物の数々。 お世辞にも明るい空間とはいえないそこに、一人の女性が立っている。
 整備された空間はきっちりと柵に囲まれていた。よく見ると鍵がかっているらしく、数カ所に入り口のようになった部分と南京錠がくっついている。その錠のひとつが外されており、柵が半開きになっているところを見ると、中にいる人物は外からここへ入ったのだろうということがうかがえた。 いくつか並んだ同じ大きさ、同じ色の石。また、これらの石には漢数字と、人名のようなものが彫り込まれていた。ここが墓地であるのは一目瞭然だ。 場違いなものなど何一つ見当たらないはずのそこに、ひとつだけ異端なものがある。
 ただの、石。
 存在する石の全てが綺麗に整い、花が添えられている空間にイレギュラーである存在。その石だけは、きっちり並べられた列からはみ出していた。まるで厄介者を追い払うように隅の方に投げられている。 当然、これはただの石である。彫り込みなどない。
 女性は、そんな異端たる存在の前に立っていた。
 二十歳は過ぎていそうな、貫禄を感じさせる雰囲気がする長身の美女。服装は華美ではなく、何処か別の次元を彷彿とさせる布地で作られた暗めの紫色をしていた。装飾品も誇張しすぎておらず、ちらりと髪の毛の隙間からガラスのようなものが見え隠れしている程度である。おそらく耳飾りの類いだろう。
「もう、随分と時間は流れていらっしゃるのに……」
 薄い桃色の唇が開く。 少しだけ吹いている風が彼女の長い真直ぐな黒髪を撫で、毛先が唇に触れた。 どこからも返事はなかったし、女性も誰かに話し掛けている様子ではなかった。
「私のお祖母様も、そしてお母様も、目的は果たせなかった」
 彼女がしゃがむと、頭の高さと石の高さがほぼ等しくなった。抱えていた菊の花束を、備え付けの欠けた湯飲みに添える為に手を伸ばす。 そこまでの動作を終え、瞳を閉じた。
「いいえ、果たす気なんかなかったんだわ。みんな、みんなそうよ。現状を維持することに慣れてしまっている。絶対間違っている。こんなの。こんな……」
 桃色の唇にひとすじの赤が交じる。食いしばった歯が、震える手を必死で抑えようとする。
「なら、今度はお前の番だ」
「え?」
 ざあっ
 女性のものではない声と共に、今度は大きく風が吹いた。
 花を包んでいた紙が飛んでいく。いつの間にか手は握りしめられていた。
 瞳を開け、周囲を見回す。誰も居なかった。少なくとも聞こえた声の大きさに相応しい距離内に存在するものは居なかった。たとえ空を飛ぶ鳥に人語を話す能力があったとしてその可能性を探そうとしても、鳥さえこの場にはいなかった。
 何が起こったか分からないまま、しばらく彼女は座っていた。 突然惹き付けられたように顔を強ばらせ、目の前の石を見つめる。
「……大和女王(やまとじょおう)……?」
 当然のことながら、返事はなかった。

 

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