「おいカナ、アポはあったんじゃなかったのか?」
大きくなる金属音と人の声らしきものを聞こえないように意識しながらアイリがカナに聞いた。
「うーん、パーン王の話ぶりからは何かの連絡は伝わってる感じだったんだけどなー。なんだろね、どしてだろ」
さすがにここまで来るとカナでも事態を理解出来たらしい。にも関わらず呑気に呟いているのが彼女らしかった。
杖を持っていない手で頬をぽりぽり掻く。うっすらと汗をかいており、履いているレッグウォーマが余計に暑さを感じさせてきた。スカートの下に履いている黒のスパッツが若干湿っている。足下へ手を持って行き、水分を拭き取ろうとした。そこで、ふと何かに気付いた。
「よっこら……ん?」
「どうした?金でも落ちてたか」
腕を組み、音のする方を眺めていたアイリが言う。カナはそちらは見ずに手招きだけして彼女を呼んだ。
本当は全員を呼びたかったのだろうが、君楊は何やらよくわからない事をぶつぶつ呟いていたし、リョウは変わらず胡座をかいたまま、ぐったりとうなだれている。
アイリがやる気のない足取りで近寄って来た。
何故やる気がないかといえば、音の主である例の集団が視界で捕らえられる距離にまで近づいていたからだ。この後起こることは容易に想像できた。
尚、その方向では絨毯から発生しただろう埃が舞っている。掃除しろよ、アイリが胸中で呟く。
「ここ、なんか書いてあるよ」
カナが指差したのは床だった。赤色の絨毯の上に白色の模様が描かれている。
その白い模様は、文字として認識できなくもなかったのだ。
一見するとただの模様にしか見えないほどとても小さい。眉間に皺を寄せて、アイリがそれをじっと見つめた。
「ふとんがふっとんだ」
棒読みする。
「いるかはかるい」
カナも近くのそれを読んだ。
沈黙。
小さな静寂の中、顔が認識出来る距離まで迫ってきた足音と鎧の音と埃たち。
彼らの誰が言っただろう。
「曲者だ!ひっとらえよ!」
別の事をしていた君楊とリョウにも先程のカナとアイリのやりとりは聞こえたらしい。
彼らは状況を理解した。だが、少しばかり遅かった。
ここは、魔法国ではない。
集団で駆けてきた笑国の兵士たちがカナ達を包囲したのは、それからきっかりコンマ一秒後だった。