EACH COURAGE

Story - 2nd:An encounter and request [02]

第2章 出会いと依頼 [02]

 ほんの数時間前のことである。
「さてっ!お腹も一杯になったし、この杖を使ってこの国を出るわよっ!」
 アスファルトに似た人工の道。見える範囲に周囲には何もない。そんな変哲のない路上でやや高いトーンの声が空にこぼれる。 件の空は青々と澄みきっており、雲ひとつない。少しだけそよぐ風が、何故か火の粉のような匂いを誘ってきたが、それ以外は特に変わったところは無かった。我々の認識する初夏の気候。どことなくここはそれに似ている。
 その言葉を発したのは、例の少女、カナだった。 金髪碧眼、それだけ聞けば美人を連想したかもしれない。だが、そこでなにやら自信ありげに仁王立ちする少女とはまるで無縁の言葉のようでもあった。身長は一五〇センチほどだろう。いわゆる未成年一般女性の平均値であり、そこらにごろごろといそうな、まるで特徴のない娘である。
 先程の言葉は、黒髪の彼女はそこに一人でいるわけではなかった。 向かいには、黒髪をポニーテイルにまとめあげたやけに露出の高い女と、赤いメッシュをいれた青い髪の少年がいる。 何故かその二人は非常に疲れた顔をしているように見えた。黒髪の女は胡座をかいて(お世辞にも行儀が良いとは言えなかった)おり、少年の方は立っていたが、何故か息を切らしている。 その女の座る周囲は他の道と色が異なっていた。人為的に色が変えられていたのではない。なぜだか他の道よりも日焼けしていないのか、作られて間もない鮮やかな発色が目立っている。
 返事を待たずして、金髪の少女は右手に持っていた棒をくるくると振った。 身長と同じくらいの長さの棒である。棒と形容したものの、それが果たして何であるかはわからなかった。なぜならば、それは木の棒を取り出す。ぱっと見ではそれが木だというのは分からない。厳重に白い布が巻かれていたからである。 それを丁寧に外せば、上部の方で龍の彫り込みが露(あらわ)になった。
「形状からすると、そいつはワープの杖ってことかい?」
「さすが。アイリ、正解!」
 少女が嬉しそうに頷いた。 『臍出し、タンクトップ、スリット入りのミニスカート』と三拍子揃っているアイリと呼ばれた娘が、羽織っているマントをたぐり寄せつつ、ふぅんと感心した様子を見せている。 その動作だけで、そのワープの杖とやらがそれなりの価値があることを示していた。
 彼女達は……彼女達のいるこの世界には六つの国が存在している。 気候が時期によって変わる四季国(しきこく)、六つのうち五つの国を全て治めている術者の国、魔法国(まほうこく)。それから、人間と動物の共存する楽園国(らくえんこく)に、武力と権力によって階級づけられている貴族国(きぞくこく)、そして……魔法国の統治下にない国、失国(しっこく)。
 それぞれの国は大きい。そのため、陸海空のあらゆる手段をもって国内では移動出来る。 対して、国外へ移動するにはやや特殊な手段を用いなくてはならなかった。 というのも、六つの国はそれぞれ独立した空間(もとい、各国に見えないバリアのような物があると考えてもよい)に存在しているからだ。 当然、陸海空では論理的に移動は出来ない。そこで用いられる手段、それが『魔術』と呼ばれるものであった。 発達した魔術。とある家系により高度に成長したその非科学的な能力のうち『ワープ』と呼ばれる能力によって見えないバリアを通過することが可能である。魔術はそれ以外にも用いられているのだが、この世界では国外移動が最も有名であった。
 この魔術とやらには欠点があった。 遺伝的なものに非常に左右されるのである。 つまり、生まれつき素質がなければ能力を開花することが出来ない(例外もあるらしいが、ここでは割愛する)。
 では、能力がないものは一生国外へ出ることが出来ないのか。 それを解消するために生まれたのが、術者の能力を一時的に物体に預けるという試みである。先程の『ワープの杖』はまさにそれのことで、ワープの術の効力を木の棒に預けたものだった。
「これ、三回まで使えるのよ」
 杖をアイリに向けてカナが言った。お世辞にも行儀の良い行動とはいえなかった。 眼前にやってきたその彫り込みをアイリがじっと見つめる。なるほど、三回まで使えるというのに相応しいほどその杖は立派なものだった。 厳密には、杖でなくてもたとえばその辺りに転がっている石でも効力は同じなのだが、このようにディテールにこだわるのであれば、それなりに名の知れた術者によるものだろう。 通常、ひとつの物体に一回分の効果しか与えられないところを三回もの効果を与えているのである。
 正直なところ、目の前の何の変哲もない少女が持つにはミスマッチだ。はっきり言って効果が高い分高価なものなのだ(……すまない、あまり面白い発言にはならなかった)。
「へえ。カナ、あんた結構金を持っているんだね」
 カナは首をふるふると横に振った。
「三回まで使えるからって言って、王サマがくれたの。だからお金があるわけじゃないのよ」
「王?」
 アイリが眉をひそめる。
「この四季国を治めている王サマよ。あたし、その王サマの命令でこれから魔法国へ行かなきゃならないの」
「はぁ?あんたが王の勅命?一体なんだっていうんだ?」
 驚くのも無理はない。目の前の小娘が、この国……四季国を治めている王の命令で国外へ行くというのである。そこから支給されたのであれば、杖の質がいいのもじゅうぶん頷けるのだが。
『うさんくせぇ』
 驚き以上に、疑いしか持てない。

 

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