「頼みがあるんだが」
そこで、何か考えをまとめたのか女は言った。胡座をかいて、ただし右膝だけは立てて、そこに右腕をのせている。ちりぢりになった手袋をはずしながら、汚れのない黒の瞳はカナをまっすぐ見ていた。
「何?」
きょとん、とカナが返す。
「アタシは訳あって世界中のいろんなものを集めながら旅してる。物でも、能力でも、秘密でも。とにかく、そういう旅を続けていて、今はちょっと小銭稼ぎもかねてここに定食屋を置いておいたんだけど、それも見ての通りだ」
「ご、ごめんなさい……。でも、お金もないし、弁償は出来ないんだけど……」
女の言う頼みが、弁償関係だと思ったのだろう。お金というものに無縁のカナが焦る。
だが、女はそれに気付いていたのか、手をひらひらとさせて否定した。
「なに、弁償なんて頼まないよ。だいたいそういうのは君楊に頼めばどうにかなるしな。それにそろそろまた旅に出ようと思っていた所だったし、気にしなくていい。」
彼女が『君楊』と言ったその時、倒れていた少年の瞳がぱち、と開いた。
「じゃあ、頼みって?」
「あんたのその突然の魔術力。それは一体なんなんだ?それを追求したい。だから、これからあんたが何処へいくかしらないが、しばらく一緒させて欲しい」
「え!」
予想外も予想外のその『頼み』にカナは目を丸くさせた。女はぱん、と大きな音を立てて顔の前に手をあわせる。
「頼む!もっとも、あんたが『今から帰るのは家です』ってことじゃなかったらでいいんだ。連れてってくれ。こんな珍しい現象、いままでになかったんだ」
「あー、えーと、とりあえず、家には帰らないの。ちょっといろいろあって魔法国に行くんだけど、でもほんとそれくらいだよ。それでもいいなら、いいけど」
カナはちょっとだけそれから目をそらして、ぽりぽりと頬をかいた。なんだかこんなに熱心に頼む事でもないだろうに、なんだか照れくさかった。
「ホントか?ありがとな。そうと決まったら話は早い。アタシの名はアイリ。こっちは君楊。ここの後始末はこいつに任せるから、気にしなくていいぜ」
アイリがとんとん、と君楊の肩を撫でた。と、君楊が生気を帯びたように立ち上がり、にこりとカナに微笑む。つられて、カナも微笑んだ。
彼はそのまますたすたと歩いて、周りの物に触れはじめる。瞬時に、それらはその空間から姿を消した。