EACH COURAGE

Story - 1st:On a fine day of summer [26]

第1章 ある晴れた夏の日に [26]

「あんたの誠意にこれでも答えてるつもりなんだけどね」
 言いながら女はナイフを抜き出して、カナめがけてそれを投げ付けた。ようやく煙が消えてきた正面、ナイフがカナに向かって走ってくる!
 いつのまにか、カナは壁際に追い詰められていたらしい。左足でなにやら布地を踏んだ。先程倒れたリョウの袖だ。体がぐらりと揺れた。
『逃げられない!』
 風圧と、ナイフの衝撃が髪をかすめた。だが、よろけたおかげで顔が切れる事はなかった。バランスを崩したために背中が壁にぶつかってしまい、大きな音を立てる。 衝撃が背中の方面に流れた。加速度は背中側を正方向として体にかかってきた。それとは逆向きに髪がなびく。壁に刺さったナイフの垂直下方に、金色の筋が何本が落ちた。カナの髪の毛だ。それがこの一連の動きを物語っていた。
 精神的ダメージが激しかったのか、カナは腰を抜かし、尻をついた。
「わざと狙わなかったんだけど」
 女がすたすたと歩いて来た。いつのまにか持っていたふたつめの瓶に栓をして、マントの中に入れる。歩みは止めない。視線はまっすぐカナを見ている。まるで君楊と同じようにまばたきは一切ない。
 くっ、と女は壁からナイフを抜き取った。壁による反作用の力がカナの頭に伝わった。びく、と体が一瞬壁から離れる。が、動く力を失ったカナは、女を見たまま動かない。いや、動けない。
 右手は剣を持ったまま床に投げられ、左手は中途半端な握りこぶしのまま。触れているのは先ほどの金色の髪。左手の中指から少しだけ血が流れている。髪の毛の側には光る金属片。リョウを襲った皿の破片だろう。全く変わっていないのは、カナの右手首の腕輪だけだった。いつもと同じその腕輪は……いや、どこか光沢しているようにも見えた。風景の変化によるものだろうか。だが、唯一その違いを判断できるカナの目は正面から動かせない。
 カナの足は震えていた。
「さて」
 周囲を一通り見て、女はナイフをカナに向けた。ちょうど見下ろす姿勢となっている。カナの表情は見えない。おびえているのか、強がっているのか、気を失っているのかさえも分からない。ただ、微動だにしない。
「ゲームセットだな。悪いけど、あんたにはちょっとだけ寝ててもらうよ。でもまあ、せっかくアタシに挑んだんだから、何をするかくらいは教えてやろうか」
 と、そこまで言ったところで君楊が女の隣にやって来た。堅い表情で、何かつぶやきながら。カナの右手の白い方の腕輪が光を帯びた気がした。
「何だって?」
 それまで発した事のないような声をあげて、女はナイフをおろした。
「予定変更だ」
 彼女は君楊を促す。

 

PREV / TOP / NEXT

 

▲Jump to Top

▼Return to Story