しゃがんだ姿勢のまま、カナは右手で剣を握った。慣れた感触が手に近付く。柄と、青色の腕輪がカツン、と音をたてる。
「君楊、彼女の魔術力は?」
カナに聞こえないように、女は呟いた。瞬時に君楊が瞳を閉じて、意識を集中させる。
「下の中、といったとこでしょうか。完全に剣士系だと思えますね」
「そうか。じゃあ、あえてシールド魔法をかけてもらう必要もないな。よし」
女が体ひとつ飛び出した。
『速い!』
道場でそれなりの動体視力を鍛えていたカナは、それなりの速度に慣れている。
にもかかわらず、彼女が追うことで精一杯となる素早さで、女は駆け抜けてきた。
駆けながら、なびいた自分のマントに手を突っ込み、彼女はひとつの瓶を取り出した。
「それっ」
その瓶がカナに向かって投げられた。カナはそれを避けた。瓶が足下の床に向かっていく。その着地とほぼ同時、炎が舞い上がった。足下には瓶が割れたのだろう、ガラスの破片が散らばっていた。
「……瓶から、火?」
突然の衝撃と、煙と、そして視界に捕らえたその赤に、カナがうろたえた声を発した。
「こう見えて科学には強くてさ、錬金術もかじっててね。今のはアタシお手製の炎の瓶。結構利き目あるだろう?」
「ああ、もうっ!」
どう見えてなのか真意はわからない。からかったような口調と視線の彼女に、珍しく舌打ちするカナ。お気楽娘である彼女が滅多にやらないような表情だ。
がしゃあ、とテーブルが音を立てて崩れる。店の中はめちゃくちゃだ。
炎がテーブルを燃やす。それによって煙が周囲にあふれ出した。カナの周りから視界が奪われる。
いつどこから奇襲をかけられるかわからない。意識を相手に集中する。大丈夫、何処にいるかくらいは気配でわかる。すぅっと、深呼吸する。
ふと、そこでカナがある事に気付いた。術を使う人形相手だとかなうわけがない。そう思っていたのだが、君楊はさっきからひとつも手をだしていない。
「ど」
息切れしたかすれた声でカナが唇を薄く開く。
「どうして、あの人形には何もさせないの」
その問いかけに、女はどこか嬉しそうに笑ったような気がした。