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Story - 1st:On a fine day of summer [23]

第1章 ある晴れた夏の日に [23]

 同時に、水素が弾けるような音がした。本当に水素が破裂したわけではないだろうが、表現するのに最も近い。ぽひゅっと、大きい音が辺りに響く。
 音だけだったので、周囲の状況に変化は無かった。相変わらず一部の植物が倒れ、机が散乱しているだけである。 女が片目を瞑った。そして両目が見開かれ、本日何度目になるかわからないため息を漏らした。その息が空気を伝わる。
 歩き出してきたことを足音で感じたのか、君楊が女の方に顔を向けた。そこらに散らばっていた観葉植物が一斉に広がる。
「リョウ?」
 カナが声を出して叫ぶ。リョウの体が宙に浮いていた。否、浮いているわけではない。ただ、そのように見えた。それほどまでの衝撃を彼が喰らっていたのだ。床に落ちることが一切出来ないほどの風と衝撃が送られる。再び人形のように意識を失い、リョウの腕がぐらりと伸びた。
 目に見えない魔術力の『何か』とその流れに従って植物やら皿などがリョウに襲い掛かる。 彼の体が大きく薙いだ。 ずるり、と音と共に埃がカナの鼻にかかる。同時に、リョウの体が玩具のように床に叩き付けられて、飛び跳ねた。
「本当に魔術力は損ねていないんだな?」
「もちろんです。御主人様は僕がそんなヘマするように見えるんですか?」
「……嫌味だな。そんな風に思ってないよ」
 女が唇をつぐんだ。既に君楊の隣、すなわち先ほどまでリョウの居た位置の近くまで彼女は移動していた。
「あ、あんたたち!何のつもりなの?」
 カナが、今度は二人に向かって叫んだ。よく見ると、その目には水分が溜まっているようだった。
「おやおや、泣いてるのかい?」
「悪い?」
「悪くはないよ。他人のために泣けるなんて、いいことじゃないか。アタシには真似出来ないな」
 女のその言い方が、カナをますます苛立たせた。更に声をあげる。
「馬鹿にしてるの?」
「馬鹿になんてしてないよ」
「そうですよ、御主人様はもともとこういう性格なんですから」
「一言多いよ、お前」
 言葉が途切れた。そうしてカナが立ち上がる。結局、目に溜めただけのその水は流れなかった。いつの間にかそれは『乾いて』いた。
 おや、とした表情で女はその姿を見つめた。

 

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