EACH COURAGE

Story - 1st:On a fine day of summer [14]

第1章 ある晴れた夏の日に [14]

「ランチピンクサーモンひとつはいりまーす」
「あいよ」
 少年が厨房に向って叫べば、そこから若い女の声が返ってきた。年のころ、カナと同じ位かはたまたそれより上だろうか。カナより少しだけアルトに近い声だった。
 じゅっ、と油をひく音がする。具を炒めるのだろう。フライパンのようなものが取り出される音も聞こえてくる。
 キッチンは店のサイズと従業員の人数の割には広い。店が木造のお洒落な雰囲気に対して、近代的なキッチンは、様々なものが彩りよくつくられるのに相応しい空間である。
 店内はおそらく二十人程度を収容出来るだろう。比較的テーブル同士の間隔は広い。壁という壁に遮られてはなかったが、観葉植物がところせましと置かれているために、客同士の顔はあまり見えなさそうである。
「どうだい、今日の客は」
 女の声は先ほどより大きく聞こえた。カナ達のいる場所からは遠いし、あちらからは植物によって見えないため、どうあっても厨房の会話は届かないだろう。読唇術も恐らく不可能である。
 ひょい、と厨房の主が少年の方に近づいた。 三角巾を脱ぎ捨てれば、肩より少し長めの黒髪があらわになった。長さが長さなので多少の外ハネが癖になっている。光の当たる部分が紫色となって反射する様子は美しい。
「かなりの魔術力を感じます……男の方です。普段は夜ですが、この時間はまだ客なんて来ませんし、わざわざシールドを張る理由もないでしょう?どうします?」
 屈託ない声で、何やら物騒なことを少年は言った。 裏に何か隠されていることは、浮かべた笑みからたやすく想像がつく。 それは先程カナを案内した無邪気そうな表情とは正反対の、怪しい微笑みだった。
 カウンターに両腕をつき、そこに顎をのせるような姿勢で少年はそのまま笑いつづける。女の方は、蛇口をひねって水を止めると、三角巾を外した。続けて手首にかけておいたゴムで自身の髪の毛を結い上げた。頭上高いところで結んだため、その毛先がうなじをくすぐる。太めのポニーテイルにしただけで、その女性が持つ俊敏さがあらわになったような気がした。一気に、二人の姿が厨房に相応しくないものになる。
「んじゃ、行く?」
「行きますか?」
 それが合図であるかのように、女は唇をきゅっと締めた。表情は『行くよ』と訴えるようでもあった。
「じゃ、まずこれを出してこい。そのあとになんか適当に呟いて戻ってきて、そこから始める。一応、バリアもはっとけ。人に見られたらまずい」
 そうして再び作業に戻った。 だが、三角巾は付けない。手は洗ったが、そのまま鍋に向かう。 もしこの世界に食品衛生機構があったなら、飲食店として一発アウトに違いない。
 彼女は慣れた手つきでいつの間にか仕上げ段階にかかっていたパスタソースをゆっくりとへらでかき混ぜた。 茹であげたパスタを、トングによってソースが待つ調理器具へと移す。 茹で汁を少量加えて絡めたパスタは、その黄色い肌を白く染め上げた。 そのまま皿に盛り付けられる。 そのまま左手にのせた皿を、彼女は少年に差し出した。
「どうだ、飲食店としても質はいいだろう」
「これで一応生計立ててるんですもんねー。評判落ちたらたまりません、ですか。案外庶民的ですよねー」
「うっせー、ったく、一言多いんだからよ……」

 

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