EACH COURAGE

Story - 1st:On a fine day of summer [11]

第1章 ある晴れた夏の日に [11]

 明朝。支度を整えたカナは家の玄関にいた。昨晩、突然の報告に母親が吃驚していたが、父親は冷静だったし、もう自由にさせてもいい年頃だろう、という結論に落ち着いてその夜は終わった。別に長い間いないというわけでもない。両親もカナもそう考えていたからなるべくしてなった結果だろう。ちなみにカナの妹に至っては無関心だった。
「はいカナ。お花」
 いつもの服装である。上着と似た色である淡いブラウンのブーツを履き終えたカナに、母親が菊の花束を手渡した。右手でそれを受け取って、カナは苦笑した。
「ちゃんと挨拶していきなさいね」
「うん」
 父親は既に出かけており、妹も遊びに出かけていってしまっているため、見送りは母だけだ。 しかしそれゆえの台詞でもあった。カナは自分の目尻が熱くなるのを感じたが、きゅっと口をつむんで、耐える。
「いってきます」
 右手に花を、左手に杖を持っていたが為に手を振る事は出来なかったが、彼女は満面の笑みで家を出た。
 ドアが完全に閉まる。走る足音が遠くなっているのを感じて、母親はふうっと息をはいた。
「……他の誰でもない、あの子がねえ……」
 そうして目をドアから離す。ぱたぱた、とスリッパが床を滑る音だけがそこに残った。 玄関から居間にかけてのドアを開けて、入る直前に母親は再び呟いた。
「あの子も、まだ気にしてるのかしら。……これで明るくなるといいんだけど」
 小さな小さなつぶやきは、窓から漏れた風に流れていった。

 サマリの町はずれ。広い広い丘の上にカナは佇んでいた。
 カナの目の前に、大きな石と、一本の剣と鞘が置かれている。 鞘の色は濃いワインレッドで、同じデザインのものに見覚えがあった。カナが今腰に下げている、コバルトブルーのそれだ。よく見ると、剣の太さも同じかもしれない。
「もともと女物の色なのにね、我侭言ってごめん」
 カナの通っていた剣術道場では、男性は寒色系の、女性は暖色系の鞘を選ぶことになっていた。 それなのに、カナはコバルトブルー、すなわち寒色系である青の鞘を手にしていたのだ。
 くい、と置き去りにされた赤色の鞘を手にとる。その中には文字が掘られていた。『Kana-Rosary』。まぎれもないカナの名前だ。
 続けて彼女は自分の腰に下げた剣を抜いた。 同じように鞘をのぞき込む。『Lenel-Bloot』。おそらく男性の名前であろう。
「……旅立つってわけじゃないけど、あたしがこの剣を持って任命証を貰うこと、重要だと思うんだ」
 両手で剣を構えた。視線は石。その下の方には、まだ生けたてと思しき菊の花が置かれている。
「だって、そうすれば、レネルも一緒に任命証を受け取れる。そんな気がするでしょう?」
 カナは持っていた剣を鞘に戻すと、今度は立つ剣を見つめた。
「大丈夫よ。戻ってきたら一番に見せるから。だから、少しの間だけ国外旅行を許してね」
 剣を抜く際に地面に置いていたのだろう。手荷物とワープの杖を持つと、カナはにこりと微笑んだ。 どこかぎこちないようにも思えたが、屈託ない笑顔であるのもまた真実であった。
「いってくるわ」
 もう一言だけ呟いて、両手を口の前であわせた。『いただきます』の姿勢だ。杖は右肘と胸の間に挟まれている。 しばらく目を瞑った後、カナはようやくその場を離れた。

 

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