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Story - 1st:On a fine day of summer [09]

第1章 ある晴れた夏の日に [09]

「だまれ」
 男はようやく言葉らしい言葉を発した。濡れた長い前髪からはエメラルドの釣り上がった双眸が覗いて、その瞳は真っ直ぐカナに向けられた。
「は、はい」
 まるで肉食動物が獲物を狩るときのようなその視線におびえたのか、カナは素直に従った。 カナは青年の束縛を逃れた杖を、今度は両手で握りしめていた。 こんなことで自分の旅行計画が破綻するのだけは困る。びくびくとおびえながらも、彼女は口を開こうとするのをやめなかった。
「あ、あの……あなた、泥棒なの?」
 間抜けな質問である。歩いていた、いや、立ち止まっていた、か。この場合はそんなことはどうだっていいのだが、とにかく無防備な少女から持っていたものを奪って走り去ろうとしたのである。これを泥棒といわずに何と言おう?
 青年も青年で、カナのそんな質問に驚いたのか、目を丸くさせてしばらく身動きをとらない。
「……だったらどうする?」
「……ん、別に、なにも」
「へ?」
 おそらく警備員か何かにでも引き渡されると思ったのだろう。だが、目の前の少女はこれまた予想外の返答をしてきたのだ。 これまでの一連の行動が青年の記憶に蘇る。 ようやく、彼の中で、やっかいな人間に手を出したものだと後悔の念が渦巻いた。
 カナはカナで、どうして青年がそんなに驚いた表情を見せるのかが理解出来ていないらしい。とりあえずその様子から、なんとなく警戒は解いても良さそうだと判断すると、再び彼に話しかけた。
「どーでもいいのよ。現にこの杖は返ってきたしね」
 道行く周囲の人に当たらないように気をつけながらそれでアスファルトをつつく。その動作をしてから、しまった、と思った。また先が欠けたかもしれないからだ。そんなことで効力が失われるかわからないが、先程まで結構な衝撃を与えていたので、慎重に扱わなければならない。
 杖を支えにして立とうと思ったが、城での欠けた出来事を思い出し考えを改め、カナは自力でひょいっと立ち上がった。ぱんぱん。青いミニスカートについた石だか砂だかを、羽織った上着ごとはたく。
「それに、貴方悪い人には見えないもの」
「盗まれるところだったのに、よく言うな」
「あ、それもそうよね。でも」
 カナが笑顔になる。
「そうやって言うあたり、やっぱりあなた変わってるわよ」
 彼女は青年と目線をあわせるため前屈みになって、笑顔と共に指をぴんと立てた。
「あんたも十分変わってると思うが……」
 彼の言葉にくすくす、とカナが微笑を漏らす。一瞬だけ男の視線が和らいだ……ような気がした。 気付くといつの間にか彼も立ち上がっていて、ちょうどカナと向かい合せになる。笑いながら立ち上がり、カナは彼の風貌を眺めていた。
 怪しい先ほどのペンダントを筆頭とした、謎の服装である。クリーム色の質素な半袖の服に、紫色の布地が巻き付かれたような、なんとも形容しがたい服装だ。四季国ではまず見られないのではないか。もっとも、ここから出たことないためにそれが異国の物であるとは断定はできない。

 

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