「……あ、あのう」
おばさんの発言で周囲に音が戻る。
そのうちのひとつであるカナの台詞が青年に向かって投げられた。
行動は素早く、彼女はすでにおばさんから調達した新しい袋を持っており、奪われた白い包みも抱えていた。トマト以外の野菜は拾い済である。
『こういうときってどうするんだろう。レネルはどうしていたっけ?あれ、この人なんか変わった服来てるわー。どういう仕組みになってるのかしら、これ。……うーん、四季国の人じゃないのかな。……あれ?』
途中で論点がかなりずれてきているような気もする。そんなカナの思考は、とあるひとつの物に惹かれたことで停止した。
持っていた袋を脇に降ろし、青年の側にしゃがみこむ。
人混みは相変わらず耐えなかったので、袋が踏まれないよう、一旦自分の方に寄せる。そして再度『それ』に注目した。
『ペンダント?』
黒い革紐につながれたシルバーのプレートの上に、真っ赤な水晶が二つ並んで埋まっている。
赤、というよりもそれは血の色に近く、無気味だった。けれど、その水晶が持つ独特の美しさにカナは惹き付けられていたのだ。
男の人がそれをつけることを不思議に思った。なぜならそれは女性がつけるとしても大きいサイズであり、全てが珍しく思えたのである。
カナが知らないだけで異国ではこのようなものが流行しているのだろうか。そう考えるとこれからの行動に胸が高まってくる。とりあえず、もし彼が目覚めたら出身地でも聞いてみよう、そう思いながら、さも当然の行為であるかのようにカナはペンダントに手を触れ『ようとした』。
「さわるなっ!」
だが、触れることは出来なかった。行動に反応して声が響いたのだ。物凄く大きな声のように感じた。大きいといってもこの人混みではカナ以外には聞こえなかったかもしれない。現に周囲の歩みは変わらぬままである。
声の主、つまり例の青年は顔を上げ、カナの方をじっと見つめた。
「あっははははははははははははっ!」
今度はカナが大きな声をあげる番だった。
「…………?」
青年はカナの行動を理解出来なかったらしい。
カナは笑いながらどこかを指さしている。その方向、それは青年の額だった。
それを認識すれば、当然人間は該当の場所に手を持っていくだろう。
ぐちょり、とした感触が青年の手を襲う。
トマトだ。
しばらく青年は自分の赤く濡れた右手と見つめあっていた。その光景がカナにとってますますおかしかったのだろう。今度は涙まで流して笑っている。
彼の細い髪先も濡れている。前髪が長いぶん、ほとんどがそれに色付けられ、汁がクリーム色した服へとシミを作っている。