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Story - 1st:On a fine day of summer [07]

第1章 ある晴れた夏の日に [07]

 そこから先はまさに一瞬の出来事と言えよう。 カナと青年の身長差のおかげか、顔と顔が衝突する自体は免れた。が、丁度カナのかかげていた紙袋が青年の顎を直撃した。
 紙袋。
 沢山の野菜が詰まったうえに、あの加速をモロに受けた紙袋である。無事と言えようか。
「あ」
 否、無事なわけがない。 紙袋が勢いよく破れた。 破裂音はなかった。その代わりに、中身の野菜が宙に舞った。大道芸人もびっくりだ。
「い!」
 青年の顔を、宙に舞ったじゃがいもが直撃する。しかも二個。衝撃を受けてよろめいた彼の足下に、大道芸人がとばしたものであろうバトンが転がっていた。
 お約束の展開である。
 彼はそれを踏み、そのまま仰向けに倒れそうになった。 そのまま倒れておけばよいものを、彼は倒れることに抵抗したのか、体を起こした。腹筋に力が入る。 その腹筋に今度は何故か大根がとんできた。こうなってはどうする事も出来ない。青年の身体が『く』の字に曲がる。そして先ほどのバトンに再び足がひっかかって、
 うつ伏せに倒れた。
「………………」
 カナを含むその場にいたものはそれに釘付けになっていた。大道芸を見ていた人、それどころか大道芸の主催者までもがその光景を見つめていた。
 静寂。
 そう、静寂だった。青年が道に激突しても振動は無かったし、頭が割れるような音もしない。 人工の道に人間が落下すればある程度衝撃音が発生するのに、だ。 代わりに、『べちゃり』といった効果音が静寂に響いた。
「ああ、うちの新鮮トマトが!」
 どうしようもないほどの沈黙を破ったのは、八百屋のおばさんによる、マイペースな発言だった。

 

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