そこから先はまさに一瞬の出来事と言えよう。
カナと青年の身長差のおかげか、顔と顔が衝突する自体は免れた。が、丁度カナのかかげていた紙袋が青年の顎を直撃した。
紙袋。
沢山の野菜が詰まったうえに、あの加速をモロに受けた紙袋である。無事と言えようか。
「あ」
否、無事なわけがない。
紙袋が勢いよく破れた。
破裂音はなかった。その代わりに、中身の野菜が宙に舞った。大道芸人もびっくりだ。
「い!」
青年の顔を、宙に舞ったじゃがいもが直撃する。しかも二個。衝撃を受けてよろめいた彼の足下に、大道芸人がとばしたものであろうバトンが転がっていた。
お約束の展開である。
彼はそれを踏み、そのまま仰向けに倒れそうになった。
そのまま倒れておけばよいものを、彼は倒れることに抵抗したのか、体を起こした。腹筋に力が入る。
その腹筋に今度は何故か大根がとんできた。こうなってはどうする事も出来ない。青年の身体が『く』の字に曲がる。そして先ほどのバトンに再び足がひっかかって、
うつ伏せに倒れた。
「………………」
カナを含むその場にいたものはそれに釘付けになっていた。大道芸を見ていた人、それどころか大道芸の主催者までもがその光景を見つめていた。
静寂。
そう、静寂だった。青年が道に激突しても振動は無かったし、頭が割れるような音もしない。
人工の道に人間が落下すればある程度衝撃音が発生するのに、だ。
代わりに、『べちゃり』といった効果音が静寂に響いた。
「ああ、うちの新鮮トマトが!」
どうしようもないほどの沈黙を破ったのは、八百屋のおばさんによる、マイペースな発言だった。