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Story - 1st:On a fine day of summer [06]

第1章 ある晴れた夏の日に [06]

 一瞬何が起こったかはわからなかった。ぽかん、と口を開けてぼーっとすることコンマ二秒。
 気付いた時には、カナの目の前を青年が走っていた。そしてギリギリ『それ』を認識した。 それ、というのは青年が白い布にくるまれた長い棒を持っていたことである。
「あああああーーーーーー!」
 カナの叫び声に、青年が舌打ちするのが分かった。
 物凄い勢いで駆け抜ける青年。少年ではない。先程の少年が成長したような夢物語かと思ったがそんなメルヘンもない。そもそも少年は銀髪だったし、件の青年は濃いブラウンの髪を持っている。
 その茶色の頭を目指してカナも駆け抜けた!
 任命証など、正直どうでも良かったのだけれど、そんなことが重要なのではない。 なぜなら、任命証にしろなんにしろ、王からの勅命資格など習得するのは通常かなりの年齢になってからである。なので、どれだけ理由が並んでいたとしてもカナがそんなものをもらうことというのには違和感しかないのである。下手したら周りから生意気だといじめられるかもしれない(もっとも、カナは道場に通っているのでそんじょそこらの男よりもケンカじゃ負けないため、実際にいじめられることはないかもしれないが)。
 では何が重要か。簡単だ。ワープの杖の存在である。
「あたしの国外りょこぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 術の能力も知識も皆無であり、恐らく今後学ぶことも無いカナにとってみれば四季の国を出るなんてこの先あるかないかに等しいことである。 こんなチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
 それには最も必要なのが移動手段。つまりそれ、ワープの杖三回分。 さっきだって考えていたではないか。三回分あれば魔法国に行く前でも後でも寄り道する余裕がある。
「な、なんだあの女!?」
 青年はかなり動揺してカナの方を振り向いた。 明らかに運動神経に乏しそうな少女が、鬼のような形相で迫ってくるのだから動揺するのも仕方がない。 だが、彼も脚を止めなかった。もし止まったら捕まる。
『これ、そんなに大事なのか?』
 心境としては、『なんとなく高価そう』というだけでその棒をとっていっただけだ。正確には少女が手から離して落としたものを拾っただけである。盗みには変わりないかもしれないが、いくらなんでもこれほどの勢いで追い掛けられるとは思っていなかった。せいぜい、泣きわめいて警備員に通告するだろうなどと想定していたので、予想外も予想外である。 とはいえ、自身の行動が盗みであるのは事実という自覚はあるため、こうなる可能性がゼロだとも思っていなかった。よって、今のところはさほど驚いてもいない。
 彼の細長い脚が、大きなコンパスとなる。 広場でくつろぐ人々の間を抜けて抜けて、青年とカナはひたすら走る。 次第に道が狭くなり、舞台は広場から商店街に突入した。
「どうしたんだいカナちゃん?」
「あ、おばさん!さっきはこれありがと!んで今手が離せないの。じゃ、またお礼にくるね!」
 八百屋の前を走り去れば、店主と思しき中年の女性に声をかけられる。 視線は前を見たまま、カナは持っていた左手の袋を掲げて適当に返事をしておいた。 どうやら紙袋の中に入っているのは野菜らしい。
 と、一歩も引かぬ二人の競争に終止符が打たれることとなった。青年が立ち止まったのだ。 彼の目の前を人が大勢横切っている。横切る、ではない。皆、カナたちがやってきた道に背を向けている。各々が腕を上げるなど歓声を上げていた。 その人だかりの奥に、ボールのようなものが現れては消えたり、はたまた体操に使うようなバトンが姿を現す。人影でよく見えないが、どうやら大道芸か何かを行っているらしい。 道を塞がれた彼が再び舌打ちし、仕方なさそうにきた道を戻ろうと振り向いた。
「きゃぁぁ!」
 カナは勢いはそのままだった。
 そしてそのまま青年に激突した。
 さすがにこればかりは彼も予想していなかったのだろう。ここへ来てようやくそのポーカーフェイスが崩れた。

 

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