EACH COURAGE

Story - 1st:On a fine day of summer [05]

第1章 ある晴れた夏の日に [05]

 城の外は澄んだ青空で、これからやってくる『夏』を彷佛とさせる。
 『夏』というのは四季国特有の気候のことで、日差しが照りつけ気温の上がるのが特徴であるこの時期の総称であった。 やはりこれも教科書の受け売りであるが、元々はどこかの惑星で呼ばれていた名称らしい。それが『四季』というものであり、国名の由来となっていたとのことだった。
 カナは鮮やかなタートルネックのサマーセーターに茶色の薄手の上着という出で立ちで、
『うーん、今後は上着なんていらないかも』
 などと思う。
 だが、今から彼女は魔法国に行くのである。四季国以外を知らないため、もしかしたら魔法国はものすごく寒いかもしれない。そう考えると早まったことも出来ないなぁなどと考え直し、同時に、これからのちょっとした遠出をなんだかんだ楽しく思っているという事実に気付いた。
 肝心の遠出も、これが無くては始まらない。 先ほど王から渡されたワープの術を埋め込んだ棒(以下、ワープの杖と呼ぼう)は、現在は白色の布でくるまれていた。あまりに龍の彫り込みが豪華であるがために、目立つことを怖れて城の人が用意してくれたのだが、カナの身長と同じくらいのそれはどうやっても目立ってしまう。 実際、なにやら視線を感じる。考えてもしょうがないので、カナは右手でそれを持っていた。 左手には大きな紙袋を携える。城から自宅までは少し距離があるものの歩けない距離ではない。やや荷物がかさばっていたが、なんだかんだと鍛えているカナだったので、件の視線さえ気にしなければ帰路など全く苦にはならなかった。
「あの王も何を考えてるのかいまいちわかんないわ」
 一応、パーンとの面識はこれまでにもあった。それゆえ、今回特別にそう思ったわけでもないのだが、彼に会う度に『本当にこの国は大丈夫なのか?』と思ってしまう。
『うーん、やっぱりあの七三分けヘアーと色眼鏡のせいだと思うのよねえ……』
 再び色眼鏡の世界が迫ってくる。だが、すんでの所で脳内が引き戻されると、現実世界に広がる煌めいた風景が飛び込んできた。 いつの間にか道が開けていたのだ。眼前に、大きな噴水が現れる。巨大な広場だった。
 この国の首都サマリは、パーンが常駐する城の元、活発さを溢れさせる都市だった。 ここは城に一番近く、栄えた街である。そこがカナの生まれ育った所だった。
 その街の名物である、大きな噴水と女性の像。 ちょうど目の前にそびえる、水瓶を持った美しい女性の像がそれだ。
 美女の持つ水瓶から水が常時流れ出している。水はそのまま重力にそって下降し、人工的な防波堤によって簡易的な池と化していた。 その池から、今度は重力に逆らって勢いよく飛沫が上がる。 常時流れているにもかかわらず、防波堤からその水位が増えることはない。多分、水はローテーションしているのだろう。
 幼い頃からずっと見ているその像の仕組みは正直未だにわからないままだった。 ただ、この画期的なシステムが一人の男によって作られたものであることを知っている。 伝説の技術者『ミスター・ミウラ』による、この世界で発達した機械技術。 カナやその他大勢が、術に固執することがないのは、この優れた機械技術の恩恵を受けているからでもあった。
 おそらく、この世界において彼の存在は大和家の次に有名だと思う。 だが、術の創始者とは対照的に彼の詳細は明らかになっていない。 術の発達したこの世界に、それに対抗する程の様々な人工的技術をもたらした彼は実在したかどうかさえあやふやなのである。 この広場に立つ、太陽の位置からおおよその経過時刻を表示することを可能にした機械を生んだのもミスター・ミウラであった。
 そんな超技術によって作られたと思われる像の周囲には、多くの人がいた。 そういえばその側では遊ぶ人や腰掛ける人がいる。 カナの記憶の中でもそこには誰かが居た。いわば街のシンボルであるそれはいつしか『女神像』と呼ばれ親しまれていた。
「……なつかしいなぁ」
 視線は確かに像にそそがれているのだが、カナは別の者を見ているような、そんな感じである。
「元気、カイ?魔法国でも元気でやってるかな」
 問いかけの返事の代わりは、自分の下からの小さな視線だった。まだ五歳程度であろう少年がそこには居て、ちょうどカナの姿を見上げていたのだ。 カナの顔が紅潮した。独り言といえば独り言だが、まじまじと見られると恥ずかしい。
「お姉ちゃん、女神像さんとお話できるの?」
 屈託ない表情と声変わりには程遠いソプラノで、少年はカナにそう言った。 思わずそれに恥ずかしさを忘れ、カナはにっこりと笑って返す。しゃがむと少年と目の高さが合った。
「そうよ。でも……誰にも内緒ね」
「僕も、いつかお話できる?」
「そうね、坊やがいい子になったら女神様はお話してくれるわ」
 それを聞いて満足したのか、少年は表情を一気に明るくさせ、あっという間に駆け出して行った。 途中で立ち止まってカナの方を振り向いてくる。 大きく手を振ったあと、少年は再び走り出した。
 カナも手を振り返す。左手は紙袋を持ったまま。つまり、右手で手を振っていた。

 

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