EACH COURAGE

Story - 1st:On a fine day of summer [04]

第1章 ある晴れた夏の日に [04]

「これは?」
「ワープの術をこめた杖だ」
「ああ……」
 そのものの名前だけは聞いたことがあった。 国と国を移動する術、『ワープ』が埋め込まれた杖。 それは、国で認められた第三者によって合法的に作られたもので、高価でとても手が出せるような物ではない。事実、カナはそれを今日初めて見た。
 カナのように術の能力を持たないものは、このような術と同様の効力のある道具を使用することでその恩恵を得ることが出来た。 これらの道具は別に杖の形を取る必要は無く、術を埋め込むものは何でもよいと聞いていたが、やはりこの形をとっている方が成功率も安定性もあるらしい。 それにたわしだとかモップを渡されるよりも信憑性は格段に上がるだろう。雰囲気も然りだ。
「これで移動すればいいんですね?」
「さよう。三回まで使えるようになっておる」
 カナはそれを受け取った。見た目通りのなめらかな手触り。案の定、軽い木によって作られていた。 さほど重みはない。先っぽで床を小突くと、木というだけあって、先が少し欠けた。
『……本当にこんなものが?』
 疑えばキリがないのだが、目の前にいるのは一応王様である。……いや、その王様の方がこの杖よりも正直疑わしい。なんといっても目の前彼は色眼鏡なのだ。うさんくささきわまりないのである。全国の色眼鏡の人すみません、とも思うのだが、それにしたって七三分けした髪の毛とその色眼鏡は、かなりぎょっとするものだ。 ……深く考えるとちょっと可笑しい。正直心配をかき立てただけだったかもしれない、なんて思う。
『三回か。行って帰ってもおまけが出るから、寄り道出来るかしら』
「聞いているか、カナ・ロザリオ嬢」
「ああっ、はい?」
 どうやらパーンはカナに話しかけていたらしい。色眼鏡による妄想の世界から現実に引き戻される。
「今後の動向だが」
「ああ、ええと……それで、魔法の国に入って撫子様にお願いしてこればいいんですね?城に入った瞬間『曲者!』とかいって捕らえられるのはごめんですよ」
「安心したまえ。こちらの方から連絡をしておく。あ、それとこれも」
 続けてパーンが差し出したのは麻の袋だった。受け取るカナの手に、今度はずしりと重さが加わった。重さだけではない、ごつごつとした金属の凹凸が触れる。
「これ、硬貨じゃないですか!」
「その通り。何かと準備がいるだろう。支度金としてもらっておきなさい」
「……任命証を貰いに行くだけなのに、支度金なんているんですか?」
「まあ、深いことは気にするな。出発のタイミングは任せる。ただ、できれば早めに出発するようにな」
 質問に答える代わりに、パーンは乾いた笑いを浮かべて出発を促してきた。つまりこれで話は終了、帰ってよしという合図であろう。
 腑に落ちなかったが、これ以上話していても解決しそうにないし、あれほど待ちわびた解放である。 カナは部屋を出ることにした。論議を醸し出しそうな口調で終始会話していたが、最後はきちんとお辞儀もしておく。というのも廊下には赤い絨毯が引いてあったり、高価そうなものがあったり、値段が分からないような像があったりするので、扉を開けた途端に、やはり色眼鏡でもパーンはこの国の王であるということを再認識するからであった。
 若干のむずがゆさをひきつれて、彼女は城を後にした。

 カナが部屋を出たことを確認してから、パーンは自分の机の上にある銀色の模型に手をかけていた。
「もしもし。私だ。……ああ、ばっちりだ。こちらは順調に進みそうだよ。撫子様には……そちらに一任する。頼むぞ」
 あからさまに怪しいその会話は、当然カナには聞こえなかった。

 

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