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Story - 1st:On a fine day of summer [03]

第1章 ある晴れた夏の日に [03]

 幼いころから誰ともなく教わったことである。 今さら何を、といって、カナは適当にあいづちを打っておいた。
 海の真ん中に塔の形をした大きな山があり、それを囲むように存在する六つの大陸、それはこの世界に存在する六つの国のことだ。不思議なことに、各々の国は他の国の干渉を受けない。それは、島と島が薄膜のバリアで隔たれているからである。
 六つのうち、五つの国を統治するのは代々魔法国の女王一族、『大和家』と決まっていた。 女性のみが生まれ、『聖(せい)』の加護を受けた彼女らは、その昔、争いという争いを収めたのだという。
 『聖の加護』というのはこの世界で広く用いられていた『属性(ぞくせい)』という風習によるものだ。しかしこのような風習というものは多かれ少なかれ差別を生む。だが、平和な現代ではそれらはもう必要なくなっていたので、最近では浸透していなかった。差別関係のこともあり、学校でも習わない。従って、カナもこの辺りのことは詳しく知らないでいた。
 とりあえず、大和家が『聖』の属性を持つことや争いを無くしたこと、そして魔法国の当主でありながら五つの国を統治するということは歴史的な意味で教科書に書いてあるし、そうでなくとも親から必ず聞く、この世界の常識なのである。
「で、撫子様に会いに行ってその紙に印をいただくのね。でもどうやって?あたしは術なんて使えないし、ワープをお願いするお金もないもの」
 先述の通り、個々の大陸もとい国はバリアで隔たれている。 それ故に、国を行き来するのには特殊な技能が必要となっていた。それが、大和家が生んだ『術(じゅつ)』という能力で、その『術』のなかに国を移動することができるものがあった。その術の名を『ワープ』という。
 古くから伝わる『魔法』と違い、人間の能力でしか行うことの出来ないそれは古代文明には到底及ばなく、それ故に大和家は生み出した能力を『術』と呼んでいた。と同時に、追いつくことのないその文明に憧れを抱いて『魔法国』という名を付けたのだとも言われている。 これも教科書の受け売りなのだが、この『術』というのは遺伝子の影響を深く受けていた。 ようするに、生まれつきその遺伝子を持たない者は全く術が使えないのである。
 裕福な貴族ならばなんらかの方法を持って術の能力を開花させるとも聞くが、カナのような少女にはそんなものは必要なかったし、誰かに頼まれることもなかった。貴族の偉い人は国外旅行だって行くし、取引などで国外に用事があるということがあるためにワープの術を必要としていたのだと思われる。 つまるところ、彼らとカナ達の違いはそんなところだろう。
 カナのように術の知識に無縁な者は多数派で、そう言う人たちは生まれ育った国以外に行くことなく一生を終える。それは別に普通のことで、わざわざ他の国に行く人の方が珍しかった。それもまた平和であることの象徴であり、生活を乱す国外移住など考える人は少なかったのだ。
 もちろん、術には国の移動以外にも様々な効果を持つ。しかしそんなことに頼らずとも生活は可能であるし、この世界の人間は私欲に術を使う人や術の不出来によって誰かを差別することもなかった(これも大和家の働きによるものだ)。
 そんなことも相まって、カナが術なんて言葉を聞くのは私生活初かもしれなかった。
「国の移動には、これを使ってもらう」
 パーンが取り出したのは一本の棒だった。どこに仕舞ってあったのかは敢えて触れるまい。
 棒と言うよりそれは杖という方が適するかもしれない。 というのも、てっぺんに精巧な龍の彫り込みがされていたからである。材質は、察するに木であろう。やすりで磨かれたそのボディは照明を緩やかに反射しており、それだけでもかなり腕の立つ職人によるものだということを表していた。

 

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