EACH COURAGE

Story - 1st:On a fine day of summer [02]

第1章 ある晴れた夏の日に [02]

 再び胸中で思いを呟きながら、カナは目の前に座っているうさん臭い色眼鏡の男を観察した。
「さっきも言いましたけど、あたしは道場そこにただ長く居るだけなんですって。長くいたら当然先輩になっちゃうし、道場の中でも成績がいいってわけじゃないです。そりゃ、今はアレですけど……」
 言っていることに間違いはなかった。カナは女である。 男尊女卑の風習など、カナ自身意識していなかったが、剣術のような競技ではどうしても力の差は出てきてしまう。 どちらかといえばカナが得意とするのは試合よりも演舞の方だったが、そちらにしても身長が一五〇センチそこそこの自分では魅せる能力に限界があった。よってとても道場一を誇れるなどと思ったことはないのである。
 だが、実際のところ彼女は道場一を背負っていた。それには二つほど理由があった。
 ひとつは、四季国が平和であるということに起因する。 よくある異世界のおとぎ話さながら、魔物が出るわけでもない。カナの居るこの世界は幸いにして平和だったのである。とうの昔に戦争という戦争も終わり、国同士の争いということも教科書レベルでしか認識していない。 四季国以外では……そう、この世界には他にも国があった……民族の内乱というものが起こることもあるらしいが、それも珍しいことであるし、四季国の生活にはほぼ無縁なのである。
 それ故に、四季国には剣術道場はひとつしかないし、それも昔からの技術を絶やさないためのお飾りのもの。当然参加する人だって少ない。これが、女性であるカナが道場一となった理由のひとつである。
 そして、もうひとつは。
「みなまで言うでない。剣術任命証は、本当ならば君と彼にあげたかったのだよ。でも今は」
「分かりました、受け取りましょう」
 パーンの声はカナによって遮られた。ようやく返ってきた承諾を示すその返事に、パーンは満足そうに頷く。 安心した、と言わんばかりに背中を彼女の方に向け、椅子から立ち上がると、離れた所にあった小さな棚から一枚の紙を取り出してきた。
「納得してくれてなによりだ。本当にいいものだ、胸をはって受け取ってくれ」
「はい」
 本当は納得も何もしていないのだけれど、とりあえず頷いておく。これ以上ごねれば、パーンは『あの話』を持ち出してくるだろう。
 あの話。
 聞きたくない。それは道場一になったもうひとつの理由だった。
 ……苦しい。
 胸が締め付けられる思いに駆られた。 それを消すように首を振る。王の言葉を思い出せ、カナは自分に言い聞かせた。
 そう、先ほどの言葉から察するに、任命証を貰うのは自分だけではないのだ、『彼』も一緒なのだ。 心が自然と軽くなった。それと同時に、今度は別の悲しみが呼び覚まされる……。
「では、早速魔法国(まほうこく)に行ってもらおう。そこで撫子(なでしこ)様に会って、直々に大和家(やまとけ)の印をいただいてくるのだぞ」
「は?」
 紙をカナに手渡しながら、パーンはそう言った。 声のせいなのか、それともどこかから吹いてきた風のせいか、紙がぺらぺらと曲がる。 縦長の用紙に黒のインクで何やら文字が書かれたそれを眺めていたカナは思わず間の抜けた声をあげた。
「なんだ?まさか、撫子様の存在を知らないわけではなかろう」
「さすがにそれはないですよ。この世界の統治者で、今代当主の大和撫子様でしょう。乳児じゃなきゃ誰でも知ってるんじゃないでしょうか」
「そうだろうな。大和家のおかげでこそ、四季国は平和を保っていられるんだからな。この国だけではない。撫子様のいらっしゃる魔法国をはじめ、貴族国(きぞくこく)も笑国(しょうこく)も楽園国(らくえんこく)も、生活が潤っているのが事実だしな」
「はいはーい」

 

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