「つまるところ大事なのは、美味しくご飯を食べることだと思うのよ」
と、よくわからないことを言いだしたのはカナだった。
『金髪碧眼は美男美女で性格が最高』などと言いだしたのは何処の誰であろう。
少なくとも、今こうして指まで立てて主張しているカナからはその要素を微塵にも感じることはできない。
別にその人差し指も数字を意味しているわけではないだろう。結局、深い意味などないのだ。
はっきりいって、なんともシュールな光景である。
彼女の向かいにはやる気の無さそうな青年が、それはもうやる気の無い姿勢を見せていた。
茶髪にエメラルド色の瞳が非常に栄える。
身長はさほど高くはないが、細身であるためスタイルは悪くない。もちろん、それはリョウだった。
「そういうわけだから、料理大会をしましょう!」
どういうわけかは知らない。とどのつまり、問題があるとすれば彼女が空腹だったことであろう。
先程、朝でもなく昼でもない食事として『サーモンのクリームスパゲッティ』を選択したのだが、それが彼女の胃袋を満たすことなく姿を消してしまったのがいけなかったようだ。
「別に、店さえ無事なら作り直したっての。自業自得じゃん」
何時の間にそこ現れたのか、路上にあることが相応しいとは言えない釜戸にごうごうと火が燃えている。更にその上には鉄製の鍋。
当然その前には鍋を手にする人物もいた。それはアイリだった。
「そんな言い方しなくてもいいじゃない、ぶー」
これまた更に似つかわしくないテーブルとチェア。それらが釜戸の側に四脚ほど存在し、そのうちのひとつに腰掛けたカナが口をとがらせて反論した。
ぎりぎり床に触れることの出来た足の裏がちょうど生えていた草を踏みつぶす。
「だから、アンタが店を爆発させなかったら今だってちゃんとしたキッチンで料理出来たんだぜ」
「すぐ何とかなるからいいっていったくせにー。でも、これだけの設備があっという間に出来るなんて、ホントにすごいのね!」
「おだててもダメー。っと、君楊!」
アイリがカナの額を小突き、君楊に声をかけた。当の君楊は鍋から目を離すことなく、その火加減をじっと観察している。
感情によって頬を紅潮させることは論理的にあり得ない君楊の頬がやや赤いのは、火が近くにあったからだろうか。
「とっても良い感じですよ。多分もうすぐ出来上がります」
「わーい!嬉しいなっ」
ニコニコと、カナが両手を合わせた。
いつの間にかリョウも隣に座っており、頬杖をついて不機嫌そうに頭を抱えていた。
顎を支える左手はいつも通り茶色の手袋がつけられていたが、その手首には白色の装飾品が加わっている。
もしここに誰かがいたら、彼らを奇妙でアンバランスだと思ったに違いない。
いや、仮に彼らの組み合わせが異質だったとしても、今やってることはトンデモ非常識には違いないから、奇異の目で見るはずではある。
アンバランスなのは当然だ。出会ってまだ数時間しか経っていないのである。
それなのに何故か全員楽しそうだった。先程の出来事が本当に嘘のようである。
ぐつぐつと鍋が煮えて、風がなんとも言えない香りを運んだ。
四季国の澄み渡った空にはミスマッチではあるけれど、この国のこの気候だからこそ似合う情景ともいえた。
「いただきまーす!」
白いご飯の上に赤茶色の液体。液体には野菜が沈んでいる。
それを銀のスプーンですくって、カナは口に運んだ。
自身の味に満足しながら、丁寧にスプーンを運ぶアイリがふと、気付いたようにカナに話し掛けた。
「料理大会っていうか、アタシが作ってカナが食べただけじゃんかよ!」
残念ながらカナの耳には届いていない。当然、人形である君楊は料理を口にしていなかった。くすくすとその様子を傍観している。
「うーん、天気のいい日に食べるご飯は格別ね!何でもやっていけそう!」
全くもって自分の事しか話していないカナだったが、何故だかアイリはその表情にしてやられてしまった。
軽く息を吐いて、食事に戻る。そうしてどうでも良い事を話し始めるのだ。
不機嫌そうだったリョウも、なんとなく現状を受け入れてしまいつつあった。
こいつは人を巻き込むプロなのかな、と胸中で思いながら、しっかりとおこぼれに預かり胃を満たしていた。
そんな人を巻き込むプロ、カナは果たして本当に何でもやっていけるのだろうか。
今後、彼女の身に何が襲ってくるのだろうか。
その結果がわかるのは、ずっとずっと先のこと。
[第1章 完]